超ハイテン技術の未来を拓く 座談会:静岡大学 早川邦夫 教授×協和工業 諸橋良尚 取締役

独自の技術

協和工業が得意とする超高張力鋼板、通称“超ハイテン”。その加工技術が今、自動車業界で大きな注目を集めている。
静岡大学大学院で塑性加工を研究する早川邦夫教授と、協和工業の金型製造技術の育ての親である諸橋良尚取締役に、超ハイテン技術の未来とその魅力について聞いた。
静岡大学 早川邦夫 教授

静岡大学 早川邦夫 教授 はままつ超ハイテン研究会 会長。1997年より静岡大学工学部に在籍し、生産工学や材料力学といった塑性加工にまつわる研究で多くの業績を挙げる。プレス加工における数値解析の有用性にいち早く注目し、産官学協働で取り組んでいる「超ハイテン時代のものづくり」を力強く牽引している。

協和工業 諸橋良尚 取締役

協和工業 諸橋良尚 取締役 大手二輪メーカーでエンジン設計に従事した後、金型設計の修業期間を経て協和工業に入社。ほどなく金型設計・製造部門を立上げ、現在の金型設計開発から量産まで一貫した体制の基礎を築いた。はままつ超ハイテン研究会では理事を務めるとともに、現場経験者ならではの鋭い視点で、研究の進展に貢献している。

常識はずれの新素材、超ハイテンの登場

従来のハイテン材をはるかに上回る強度を持ち、これからの自動車づくりには欠かせない新素材、超ハイテン。しかしその強度のため、製造の現場では大きな困惑と混乱が巻き起こっていた──。

今回、当社の採用ホームページをリニュアルするに当たって、あらためて当社の得意分野である超ハイテン材の加工技術とその未来について見つめ直してみたいと考えています。本日はどうぞよろしくお願いします。

よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

まずは、本日のテーマである『超ハイテン』について伺えますでしょうか。

『ハイテン』というのは、英語の『ハイテンシル・ストレングス・スチールシート』の略称で、日本語だと高張力鋼板と呼ばれるものです。引っ張り強度がだいたい440MPa以上の鋼板を指しているのですが、近年では980MPa、1180MPaといった非常に強度の高い製品が登場しており、これらが『超ハイテン』や『ウルトラハイテン』と呼ばれています。

ハイテン材は、軽くて強い部品を作れるので自動車には欠かせない材料です。おおよそ車両に使われる鉄の内、40%から60%をハイテンが占めていると言いますね。

特に、今は消費者が求める燃費性能が非常に高くなっていますから、安全性を犠牲にしないで省燃費を実現するために、同じ強度をより軽い素材で実現できる超ハイテンには、自動車メーカーの大きな期待が集まっています。そこで、特にヨーロッパと日本では、超ハイテンの使用比率が年々高まっているんです。

最近の自動車の燃費が大きく向上したのは、素材の進化という一面もあったのですね。

ただし製品を実際につくる部品メーカーの側から見ると、この超ハイテンはとんでもない素材なんです。通常、素材から部品を生産するには、高速かつ高精度で製品を量産できるプレス加工が一般的です。ところが超ハイテンは素材の強度が高すぎて、それまでの設備や手法がまったく通用しなくなってしまったのです。

それまでも、440MPaが480MPaになり、580MPaの鋼材が登場し──と、ハイテン材の強度は徐々に高まってきました。それと同時にプレス加工をはじめとする『塑性加工』の分野も発展してきたのですが、超ハイテンと呼ばれる980MPa、1180MPaあたりから、これまでの経験や常識がまったく通用しなくなってしまった。

まったく、ですか?

ええ、現場から見れば別次元と言ってもいいほどでした。実は当社でも2000年代のはじめ頃に、980MPaを使った製品に取組んだことがあったんです。自動車のシートフレームに使われる部品だったのですが、いつものように工程設計をして試作金型をつくり、トライ(試作)を行ったところ、金型から出てきたのは、想像とまるで違う形の製品でした。

“スプリングバック”ですね。

そうです。あまりに素材が強すぎて、金型から解放された途端にほぼ元の形に戻ってしまったんです。その戻り方がこれまでに経験したことがないほどで、ぼう然としたのを覚えています。

2000年のはじめと言えば、まだ超ハイテンは世界でも限られた大手企業しか手に負えないという時代でしたよね。相当苦労されたでしょう。

単純に“曲げ”だけの製品形状だったらまだ良かったのですが、この製品は3次元的な絞り加工が必要で、元々難度の高い形状でした。結局、通常は金型の手直しだけで生産を開始できるところを、金型自体を数回作り直して、やっと生産にこぎ着けたものでした。お客様にとっては当社が最後の砦とあって、もうガムシャラでした。

でも、おかげで超ハイテンのノウハウが身に付いたのでは?

設計から量産までの一通りの経験と多くの知識が得られたことは、当社にとって大きな成果でした。他社にはできなかった製品を実現したということで、お客様からも高く評価していただきました。しかしプレス加工は、製品の形状やサイズが変われば、求められる条件も大きく変わります。もしかしたら超ハイテンはビジネスとして成り立ちにくいかもしれない──。それもまた、当時の私たちが学んだ現実でした。

しかもちょうどその頃、ヨーロッパでは、このスプリングバックの問題を“ホットスタンプ”という新工法で克服しつつあったんですよね。

それが解決の糸口になった?

いえ、むしろ逆でしたね。ホットスタンプは鋼材が柔らかくなる温度まで加熱してからプレスするというもので、確かにスプリングバックの抑制には非常に効果的な手法です。ただし、材料の投入から高い温度を保つ必要があるので、今ある設備をガラリと入れ替えなければならず、当社のような既存のプレスメーカーには対応が難しい。このままうかうかしていたら、新しい設備を備えた海外のメーカーに一気に仕事を取られかねないという危機に直面してしまったのです。

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